福岡高等裁判所宮崎支部 昭和39年(ラ)14号 決定 1965年3月01日
抗告人 上野鉄男(仮名)
相手方 林ヨノ(仮名)
主文
原審判を取り消す。
本件を鹿児島家庭裁判所名瀬支部に差し戻す。
理由
一、抗告の趣旨及び理由は別紙二、記載のとおりである。
二、当裁判所の判断
(一) 遺産分割事件においては、まづ遺産の範囲を確定しなければならないことはいうをまたない。
原審判は、この点につき、被相続人死亡当時の遺産たる不動産は、別紙一目録記載1及び2の宅地のみであると積極的に認定しているけれども、一方相続開始当時、登記簿上被相続人の所有名義の畑地があつたことを判示し、右畑地は被相続人が生前に第三者に売渡済であつたと認定した。しかし、右畑地及び買受人の具体的な表示はない。
本件記録によれば本件相続開始当時、登記簿上被相続人所有名義の不動産として別紙一、目録記載12の宅地(原審判添付目録記載の宅地二筆に該当)4ないし8の畑及び9の原野があつたことが明らかであるので、原審判にいう被相続人が生前に第三者に売渡した「畑」とは、別紙一、目録記載4ないし8の畑を指すかと一応推察し得られる。
(二) なるほど、本件記録中○○町農業委員会から原審裁判所になされた回答(四九丁)、田中正男の陳述調書(五一丁)及び同添付の田中ミツ作成名義の回答書(五二丁)、林ヨノに対する照会回答書(五八丁)、神戸家庭裁判所調査官作成の調査報告書(四六丁)、井上則男に対する原審裁判所の照会回答書(三九丁)、井上サチの陳述調書(五〇丁)を総合すると、別紙二、目録4の畑は現に田中ミツが耕作していること、同目録8の畑については昭和一三年頃に被相続人が林田元男に対し、林田元男は昭和二六年七月井上則男に対し、順次売却の約定をしたことが窺われる。(右売買があつたとすると抗告人は相続人の一人として農地の権利移転に必要な許可申請手続等をなすべき被相続人の義務を承継したものとされる)。しかし、右に掲げた資料中、田中正男の陳述調書及び同添付の田中ミツ作成名義の回答書には田中ミツが買受けた物件は別紙二、目録3の畑であつて同人がこれを耕作している旨の記載があるほか、○○町農業委員会長から抗告人あての「土地確認調査依頼について(回答)」と題する書面(写)(記録六七丁)によると、「九六番地(注、別紙第二目録4の畑を指すものと考えられる。)は現地が相当する面積がないので字儒地の一〇八番地、一〇九番地と重複登記ではないかと思考される。」旨の記載があり、右文書の記載は不明確で、結局、田中ミツは別紙二、目録3の畑のほか4の畑を耕作しているとしても4の畑を田中ミツにおいて如何なる法律関係で耕作しているのか或は単に事実上耕作しているに過ぎないのか本件各証拠を以てはこれを明らかになし得ない。また前記井上サチの陳述調書には、「林田元男が死亡したので移転登記手続ができないでいる」旨の記載があるけれども井上則男が別紙二、目録8の畑を取得した経過につき亡林田元男の家族等について調査した形跡は見あたらない。本件のように抗告人が前記売買の事実を争つている以上、遺産の範囲の認定には慎重を期し、農業委員会やその他の関係人等について再調査を行う必要があると思料される。別紙一、目録4及び8の畑につき以上の資料にもとづいて前記売買があつたと断定することは些か早計のそしりを免れない。
(三) 別紙一、目録5ないし7の畑については、被相続人が生前すでに第三者に売却したとの直接的証拠はなんら存しない。○○町農業委員会長から抗告人にあてた「土地確認調査依頼について(回答)」と題する書面(写)(記録六七丁)には、文面上前段との関連がなんらみあたらないにも拘わらず「したがいまして九七番地、九八番地、九九番地は林明男に贈与したことなれば同人に登記すべきものと思考せられる。」との結論を記載してあるが、右書面の記載内容について右農業委員会に照会する等して説明を求める必要がある。
(四) 別紙二、目録9の原野については遺産の範囲であると認定するにつき妨げとなる事由は全く存しないと考えられるにも拘わらず、原審判においてなんら顧慮していない。
(五) 抗告人は、別紙二、目録3の畑については、被相続人の生存中昭和三二年五月二一日付をもつて相手方林ヨノに贈与された事実を自ら認めており(記録九四丁。準備書面と題する抗告理由記載の書面)、右贈与の効力を争つているわけではない。(抗告人は、登記名義上、相手方の夫である林明男名義に所有権移転登記がなされていることを指摘し、本来相手方の所有名義になされるべきであつたと述べるにすぎない。)而して、前記(二)に掲げる証拠を総合すると、相手方林ヨノに対する右生前贈与の事実を認めることができる。
遺産の分割方法を定めるにあたつては、相続人に対する生前贈与の物件の価額をもしんしやくしなければならないところ、別紙一目録記載の物件中3の畑のみについては評価の鑑定がなされていない。
(六) 以上(二)ないし(五)に指摘した諸点につき調査を遂げなければ、本件遺産の分割について正当な判断を行うことはできないものというべく、これらの点についての十分な調査資料にもとづかないでなされた原審判は違法たるを免れず、本件抗告は理由があるから、原審判を取り消して事件を鹿児島家庭裁判所名瀬支部に差し戻すべきものとし、家事審判規則第一九条第一項により、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 原田一隆 裁判官 野田栄一 裁判官 宮瀬洋一)
別紙 一
1 ○○郡○○町○○字○○二、二〇九番 宅地 一〇七坪
2 同所二、二一〇番 宅地 二一坪
3 同郡同町字○○九一番 畑 九畝一二歩
4 同所九六番 畑 一反二畝一一歩
5 同所九七番 畑 五畝一二歩
6 同所九八番 畑 五畝一九歩
7 同所九九番 畑 三畝二五歩
8 同郡同町○○字○○五三番 畑 五畝歩
9 同郡同町○○字○○○三、五〇五番 原野 二反歩
(別紙二省略)